私の写真日記

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semスキン用のアイコン01東葛印旛大師講semスキン用のアイコン02

  

2012年 05月 04日

 昨日朝粟野十字路の玉子屋さんから電話があった。お店の前に巡礼姿の白いポストを飾ったという。今までは、雨の日にはポストのデコレーションはお休みだったのに、敢えて飾るのは何故だろうと思い、ご主人に逢って話をお聞きしました。
これまでも、巡礼姿の白いポストが飾られるのを見ていたが、理由は分からずじまいであったが、今回話を聞いて「東葛印旛大師講」の存在を知った。

 四国八十八か所の霊場になぞらえて、この地区にも88か所の霊場が設けられている。歴史は古く文化5年(1808年)というからもう200年以上続いていることになります。東葛印旛大師霊場は柏、松戸、鎌ヶ谷、白井にまたがり柏市に69箇所(うち53箇所は旧沼南町)、松戸市に4箇所、鎌ヶ谷市に5箇所、白井市に10箇所あることがわかりました。


粟野青年館前の大姉堂。

 各地区の大師講がそれぞれマイクロバスを仕立てて、毎年5月1日から5日までの5日間に、この88か所を巡ります。鎌ヶ谷地区は毎年5月3日に巡礼の参拝があるので、青年館の前にはテントが張られお接待の準備ができていました。

# by H_W_Moon | 2012-05-04 06:25 | 丸ポスト | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01千葉ニュータウン中央までポタリングsemスキン用のアイコン02

  

2012年 04月 24日

 久しぶりにきれいな青空が出て、自転車でその辺の散歩にと、ニュータウン中央迄往復した。なるべく自動車の排気ガスを吸わないようにと道をとった。白井市の清水口の緑道は街路樹の新緑が目に優しい。
途中の梨畑はまだ白い花が残っていて
船橋カントリー倶楽部近くの畑で芝桜が満開
桜台の十余一公園近くのサトザクラ(八重桜)の街路樹は丁度見頃。
北総花の丘公園の展示
今回のポタリングの経路。同じ道を通りたくはなかったが、久しぶりの自転車の遠出で少し距離疲れたので、ほぼ同じ道の往復となってしまった
自転車の走行データは、GPSロガ―によると、距離31.8km、最高速度24km、平均7kmであった。GPSは自転車の走行と、人の歩行を区別できないので、平均走行速度は10kmくらいであろう。
 本日の歩行歩数は8800歩。

# by H_W_Moon | 2012-04-24 20:45 | サイクリング | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01慈雲寺の桜semスキン用のアイコン02

  

2012年 04月 16日

 昨日天気予報と開花情報を見比べた結果、山梨県甲州市の慈雲寺の糸桜撮影に行ってきた。5時に六実駅を出発し、8:44に塩山駅に着いた。笹子トンネルを通り抜けるまでは、どんよりとした曇り空で心配したが、トンネルを抜けると真っ青な青空が広がっていて期待通りの撮影日和となっていた。
 塩山駅からはタクシーで慈雲寺に向かったが、日曜日とあって渋滞が発生し、寺の裏から入ることとなった。ここは数日前にNHKでも紹介され、NHKのライブカメラもあったりして、以前よりもだいぶ混むようになってしまった。

 まずはオーソドックスなアングルから
ちょっと変わったアングルをと広角レンズを使用してみる
これは標準ズーム
絶好の場所にNHKのライブカメラが・・・
やぐらを外すと糸桜が隠れてしまう
今回は、塩山桃源郷として知られるこのあたりの桃畑も予定していたが、まだ早い。つぼみが色づき始めたところか。一本だけ花の咲いているのがあった。
この日向薬師の境内からの桃源郷の眺めがよく観光地の案内に載っている
帰途、「勝沼ブドウ郷」駅で下車。近くの桜並木を撮影。鉄道写真を撮る狙いで大勢のファンがカメラを構えていた。

# by H_W_Moon | 2012-04-16 20:28 | | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01坂東三十三観音霊場巡り 1semスキン用のアイコン02

  

2012年 04月 12日

 坂東33観音霊場巡りを始めた。お手軽にバスツアーで10回に分けて、33か所の霊場を巡ることとなる。10回全てに参加できるか自信がないが、取り敢えずお試しで参加してみた。
 初回は第一番杉本寺(鎌倉)、六番長谷寺(厚木)、七番光明寺(平塚)、五番勝福寺(小田原)の4か所の寺を回ることとなった。
 4月6日、7:30に松戸で乗車した時には、座席の上に線香、蝋燭、納め札、経本、地図などの巡礼用品一式が置かれていた。


 最初の杉本寺


 
6番長谷寺は長い階段を昇る必要があるが、桜が満開で花見客もちらほら

3番目の寺は光明寺
最後は5番勝福寺。二宮金次郎のゆかりの寺でもある

# by H_W_Moon | 2012-04-12 20:02 | 巡礼 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01伊豆土肥温泉1泊旅行semスキン用のアイコン02

  

2012年 03月 22日

 デジブックの交遊旅行(いわゆるオフ会)に参加し、伊豆土肥温泉への一泊旅行に参加した。デジブック主催、NTTドコモの特別協賛で行われた招待旅行で伊豆の春の息吹を感じてきた。


Published by デジブック

# by H_W_Moon | 2012-03-22 18:43 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01エジプト西方砂漠周遊 12 最終日semスキン用のアイコン02

  

2012年 03月 05日

 シーワ・オアシスからマルサ・マトルーフへは砂漠の中の道とは言え舗装道路で大型バスで快適な移動でした。途中生まれたばかりのラクダの親子を発見、写真ストップ。
最後の宿は、マルサ・マトルーフのリゾートホテル。エジプト人の新婚旅行先人気ナンバーワンの街、シーズンオフのせいか宿泊客は我々だけでした。

 朝焼けを狙ってプライベートビーチに出ましたが、あいにく雲が厚く下の方だけがちょっと赤くなっただけでした。
昨日添乗員作成の「旅の記録」が届きました。15ページの写真入りのワープロ文書で、今までどこの旅行会社からもらったものよりも、内容が充実していて、専門分野も良く調べていて大いに参考になりました。旅行中に説明されたことが多いのですが、どうしても聞き流してしまうことが多く、活字化されると改めて参考になります。西遊旅行の治部 香さん 有難うございました

 もらった資料によると、マルサ・マトルーフはアレキサンダー大王がシーワ・オアシスに向かう際の基点になり、300年後にクレオパトラとアントニウスが一緒に泳いだ場所として知られる美しいビーチリゾートです。クレオパトラとアントニウスがアクチウムの海戦を前に連合艦隊を集結させたのもこの港、第2次世界大戦の北アフリカ戦線でドイツの名将ロンメルが采配を揮ったのもこの地でした。

クレオパトラ浴場。右の細い岩がクレオパトラの横顔に見える。左の大きな岩との間に水たまりができこれを浴場に見立てている。大荒れで現認不能。
エル・アラメインの連合軍墓地。ドイツのロンメル将軍とイギリスのモントゴメリー将軍の北アフリカ戦線の決戦が行われたのが、ここエル・アラメイン。ロンメルが不在中のせいもあり残念ながらドイツ軍の敗北となった。イタリア人墓地、ドイツ人墓地もありましたが連合軍墓地で写真ストップ
アレキサンドリアの新図書館。
 かっての、アレクサンドリア図書館は古代最大にして、最高の図書館と言われ、最古の学術の殿堂とも言われている。図書館には多くの思想家や作家の著作、学術書を所蔵し、その蔵書はおよそ70万巻にものぼったとされる。アルキメデスやエウクレイデスら世界各地から優秀な学者が集まった一大学術機関としても知られる。
 
 ユネスコとエジプト政府が共同で2001年にかっての地に再建したもので、11階建ての斬新なデザインが採用されている。
図書館の前の池に映る街路樹
向かいの公園のモニュメント
エジプト西方砂漠周遊の記事をこれにて終わりにします。ご覧いただき有難うございました。

# by H_W_Moon | 2012-03-05 15:03 | エジプト西方砂漠 | Trackback | Comments(4)

semスキン用のアイコン01エジプト西方砂漠周遊 11 シーワ・オアシスの観光semスキン用のアイコン02

  

2012年 03月 04日

 2/17は午前中シーワ・オアシスの周辺の観光地をカレッタ(ロバの馬車)に揺られて観光し、午後最後の宿泊地マルサ・マトルーフに向かった。

 カレッタはこのオアシスでの主要な交通手段と思えるほど多い。荷車として使われいるのが多いが、われわれは乗用のものに一台3人づつ乗って出かけた
まづ最初に向かったのがアムン神殿、しかし到着しても係りの者がいません。金曜日はイスラム教の集団礼拝日、キリスト教の日曜日に相当するのでしょうか。あわてて呼びに行って、20分後に入場できました。

 ルクソールの大神殿と比較するのも野暮だが、ここはアレクサンダー大王がエジプト遠征の時に「自らをアメンの子とする神託を得た」ところで、神託を得たところまでゆくことができた。
古代エジプト末期王朝時代からグレコローマン時代にかけての墓を「死者の山」として公開しているが、第2次大戦中イタリア軍がシーワを空爆した時、イギリス軍が防空壕として使ったため、大部分が破壊され内部を見れるのは2か所だけとなっている。残念ながら内部はカメラ禁止なので、外観のみを
クレオパトラの泉、鉱泉できれいな水を湛えていました
これなんだ?  食用鳩ノ巣です。エジプトの名物料理に使われますが、今回の旅行では「そんな高級料理」には御目にかかれませんでした
こんなのあり?  日本では即座に御用となるでしょう

# by H_W_Moon | 2012-03-04 12:36 | エジプト西方砂漠 | Trackback | Comments(1)

semスキン用のアイコン01今年のひな祭り・丸ポストsemスキン用のアイコン02

  

2012年 03月 03日

 今日は3月3日、今年も粟野交差点の丸ポストがひな人形に変身した。この丸ポストを記録し始めて3年目になるが、少しずつ進化してこの過程を見るのも楽しい限りである

一昨年のひな飾りは、紅白のポストがひな人形の衣装を着て脅かされたが・・・
昨年はこれに桃の花が飾られ・・・
今年は雪洞まで飾られるようになった・・・
さて、来年はどんな趣向で出てくるのか今からわくわくしてくる・・・

# by H_W_Moon | 2012-03-03 19:49 | 丸ポスト | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01エジプト西方砂漠周遊 10 砂漠のドライブsemスキン用のアイコン02

  

2012年 03月 03日

 グレート・サンド・シーの4WDによるドライブで、砂丘だけでなく砂漠の色々な顔をのぞかせてくれる。今回はこれの一端を紹介する。

 シーワ・オアシスを出て最初に立ち寄ったのは湖(塩湖)。名前は忘れたがかなり大きな湖である。流入、流出する川があるわけではなく、ここで湧出する水で湖を形成している。夏には水が蒸発して塩の結晶が湖面に浮かぶ、これを集めて工場で精製して食塩にすると云う。湖岸に塩の結晶の山が残っていたので・・・・
これもオアシスの近郊の山の上にローマ人の足跡が残っていた。グレコ・ローマン時代(BC332~AD395)というからそんなに古いものではない。
化石さがしに夢中になりました
時には砂の海を疾走し
砂丘の上からダイブすように急降下
エジプト最西部の湖「シヤタ湖」。
下の写真は砂漠で見つけたスカラベです。別名糞ころがし、ファーブルが愛情を注ぎながら研究しスカラベ・サクレと命名した虫です(フランス語で聖なる甲虫)。古代エジプトでは、大きな家畜の糞を転がして地中の穴のなかに運び、また再び出てくることや、糞に産み付けた卵から子供が出てくる様から、太陽の化身と崇められていた


あまり鮮明に写せなかったので、私の秘蔵の彫物をご覧にいれます。前回エジプトを旅行した時カイロのとある店で手に入れました。左が表、右が裏です












グレート・サンド・シーの白砂漠です。ここでは、単に石灰岩の表面が削られているだけですが
添乗員は盛んに前の白砂漠と比較して、見劣りがすると、気にしていましたが、これはこれで十分迫力がありました
砂の中からところどころ岩が顔を出していて
ヤシの木の化石が砂漠の中にゴロゴロと転がっていました、これもまさに化石の森(Petrified Forest)サハラがまだ緑豊かな土地だったことをしのばせます。
砂漠の中に温泉が。これも泉でかなりの量があふれ出しています。湯に入っているのは日本の協力でできた科学技術大学の学生だそうです。

# by H_W_Moon | 2012-03-03 18:45 | エジプト西方砂漠 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01エジプト西方砂漠周遊 9 風紋(2)semスキン用のアイコン02

  

2012年 03月 01日

 昨日に続き砂漠の表情を

# by H_W_Moon | 2012-03-01 09:30 | エジプト西方砂漠 | Trackback | Comments(0)

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